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いよいよ今週末から「リボーンアート・フェスティバル」が始まります(7月22日~9月10日)。牡鹿半島の荻浜や鮎川を中心に、市街地でも多くの現代アート作品が展示され、地域色豊かな食材を使った料理も楽しめます。
今月の特集は、実行委員会事務局のメンバーとしてご活躍されている松村 豪太さんと杉浦 達也さんをお迎えして、この大イベントの魅力を存分に語って頂きます。

開幕前のお忙しい時にお集まり頂き、ありがとうございます。先ずは「リボーンアート・フェスティバル(=RAF)」とはどんなイベントなのか?を聞かせてください。

松村:ひと言で言うと、現代アート・音楽・食の総合祭です。地方型芸術祭とも呼ばれています。実行委員長の小林武史さんが率いるAP BANKは、震災直後から石巻を中心に被災地支援を行っていました。お金や食料を届けるだけでは復旧にしかならない、被災地を活性化し、真の意味で復興させるためには何が必要なのか、考え続けていました。

RAF実行委事務局長   一般社団法人ISHINOMAKI2.0 代表理事 松村豪太さん

そんな折、2012年に新潟の十日町市、津南町で開催されていた「大地の芸術祭」を視察に行った際に、地方型芸術祭のコンセプトを石巻圏の被災地に根付かせ、3年ごとに継続して開催することで、復興を加速させ持続的な地域づくりのためのイベントとする事を思いつきました。その後、県や各自治体に趣旨を説明して回り、賛同者を得るための声がけを始め、2015年7月に実行委員会が結成されました。

なぜ、牡鹿半島での芸術祭なのでしょうか?

松村:これは小林さんの言葉なのですが、復興には光と影があり、例えば復興事業により活況を呈する仙台を光とするならば、震災による人口減少が著しい牡鹿は影です。その影の部分に光を当てていきたいと考えました。牡鹿には美しい景観や地場の魅力的な食材などを含め、独特の面白さがありますが、全国的には知名度は低い。このイベントを通じて、多くの人に牡鹿半島の魅力を知ってほしいと思います。

RAF事務局 一般社団法人 サードステージ 代表理事 杉浦達也さん

杉浦さんのご実家は牡鹿だそうで。

杉浦:私は牡鹿半島に住んでいませんが、亡くなった両親の実家が牡鹿半島にあります。RAFという素晴らしいきっかけを活かし、活かされるため、地元の方々が積極的に関わってくれる事が大切だと思います。初めて牡鹿半島を訪れた方々が「また帰ってきたい!」と思ってくれるような仕組み作りが大事です。

では、具体的なイベント内容を教えてください。

松村:石巻の中心市街地と牡鹿半島の桃浦・鮎川・荻浜をメイン会場として開催されます。牡鹿半島は殆どの展示が野外で行われ、街なかは屋内会場が多いです。お客さんにはパスポートを買って頂き、各会場の展示作品を見て頂く形になります。また、荻浜小学校は、地域で表現活動をしている人たちの会場となります。現代アートなので、ただ見るだけでなく体験型、参加型の作品もあります。

杉浦:今日は荻浜小学校で展示の準備をしてきたのですが、今回の為に集まってくれたアーティストと地元に暮す地域の方々が一緒に会場の掃除をしていて、さながら合宿所のようでした。一緒に掃除して、食事をして・・といった活動を続けていく内に関係性が密になり、大変良い雰囲気になっています。地元の方とこのために来てくれた方が集まり一緒に何かをつくりあげる・・というのが、とてもいいですよね。

お話を伺っていると、RAFの開催は牡鹿半島に様々な影響をもたらすと思われますが、最も期待しているところを聞かせて頂けますか?

松村:経済効果を生み出すことが、やはり大切ですね。小林武史さんは「自創(じそう)」という言葉を使っているのですが、外からの力をもらいながら地域の人たちが自分ごととしてやっていかないと、継続にはつながりません。そのためにも、地元に経済的な利をもたらしたい。実際、イベントの準備の段階で、地域の雇用を創出する機会が出来ています。イベントが始まったら、交流人口が増えることで観光産業の活性化につながるでしょう。また、地場の食材を評価してもらうことで、より高い価値を持って流通することが出来るようになると思います。

杉浦さん達はイベント周知のため、各浜で一件一軒訪問して挨拶をしながらチラシを配っているそうですね?

杉浦:当初、住民の皆さんは「一体、何が起きるのだろう?」といった不安のほうが大きかったように感じましたが、最近は楽しみにしてくれる人が増えてきました。市外・県外から牡鹿半島を訪れた人に対して挨拶や声掛けを通して少しずつ関わりを持ち、関係性を作っていければ持続につながるように感じます。今回、アート作品を置かない浜でも、提供する料理にその浜の食材を使用したり、様々な形でも関われる様考えています。

今回の開催には、地元NPO団体も数多く関わっていると思います。彼らも含め、石巻圏域のみなさんにメッセージをお願い致します。

松村:首都圏の人たちがもたらしてくれるイベントとして石巻が盛り上がるのではなく、地域で生業をしている人、住んでいる人、そしてNPO団体など様々な立場の人たちが関わることが大事です。そうじゃなきゃ、このイベントは成り立ちません。多様な人たちが参加し、一緒に創っていくお祭りにしなければならないと思います。

杉浦:震災後、牡鹿半島のみならず、圏域被災地には多くの方が支援のため訪れ、あらゆる角度からたくさんのきっかけをもたらしてくれました。それに感謝しつつ、NPO団体等にもできることから関わってもらえたらと思います。
一緒に楽しみ、また一緒にやりたいと思ってもらえたらうれしいです。

松村:今回、運営ボランティア、サポーターのチームとして「こじか隊」を結成しました。彼らには単なるボランティアに終わることなく、RAFを通じて様々な出会いや体験を楽しんでもらい、地元の文化について学んでもらう機会にしてほしいと考えています。ぜひ多くの市民の方に、こじか隊に参加して頂きたいですね。現在、旧港湾病院の建物がこじか隊の活動拠点となっており、運営には地元の社会福祉法人の方たちに手伝ってもらっています。その福祉団体が支援する障害のある方や、漁業の方、NPOなど様々な立場の人が関わることで、いい意味での「ごちゃまぜ」になればいいと思います。

杉浦:「未来の自分に出会う場所」として、RAFは心を動かすきっかけを作っていけるのではないかと思います。地元の人間として、覚悟を決めてやっていきますので、地域の方々にも積極的に楽しんでもらえたらと思います。

お二方ともお忙しい中、ありがとうございました。開催を楽しみにしています!

2020年、最大被災地・石巻が輝くためには? 

現在の石巻圏の活況は復興事業の特需で支えられていて、「その後」については悲観的な見方をする方が多いように感じます。同じように、石巻市の財政も国からの復興交付金で大幅に膨らんでおり、その予算執行と短期間での事業実施ため、職員数を大幅に増やしている事が不安材料になっているのかもしれません。

今回は、行政、民間の双方からキーパーソンをお招きし、市の復興基本計画の最終年度となる2020年以降、石巻市が全国に誇れる復興モデルとなるには何が必要か、をお聞きします。

先ずは石巻市 復興担当審議監の佐藤 茂宗さんをご紹介いたします。先日の「第5回NPO連絡会議」では、市とNPOとの協働についての講話を頂きました。審議監は総務省から出向されているそうですね。

石巻市復興担当審議監 佐藤茂宗さん

佐藤:昨年の6月から石巻市役所内に机を置かせて頂いています。こちらに来て、ちょうど一年になりますね。震災前より良いまちをつくる「創造的復興」を成し遂げるため、市長のバックアップやマンパワー不足の解消等を担っています。総務省から内閣府に出向した際は、改正NPO法(注2)の運用とNPOをより設立しやすくするための改正にも関わりました。

木村 美保子さんは、イオンモール石巻などで複数の飲食店を経営されているビジネスウーマンです。同時に、いしのまきNPOセンターの副代表を務めるなど、市民活動にも熱心ですね。

(株)ゼンインターナショナル代表取締役 (特非)いしのまきNPOセンター副代表理事 木村美保子さん

木村:NPOに関心を持ったのは石巻青年会議所(JC)に所属していた頃で、全国的にもNPO活動を通じて市民参加型社会を実現しようという機運が生まれてきた頃でした。佐藤審議監は改正NPO法に関わったとのお話しでしたが、私の時代はそこから13年程遡って、平成10年、議員立法として最初のNPO法(注1)が制定、施行された頃です。あ、年齢がバレますよね(笑)

 

審議監、石巻市役所に身を置くことで見えてきた課題についてお聞かせください。

佐藤:市の現状をお話ししますと、東日本大震災以降の復旧、復興事業のため、人やお金を平常時には考えられない規模で投入しています。今年度の一般会計予算1,891億円の7割近くが復興関連です。職員数は同規模の自治体と比較すると1.6倍の人員数なのですが、それでも職員の皆さんは業務で忙殺され、残業も非常に多く、疲弊した状態が続いています。
この状態のままでは、復興事業に一区切りがつく2020年度以降、つまり「平常時」に戻ったとき、様々な弊害が起こります。

先日の講話では、「平常時へのソフトランディング」が課題になると指摘されましたよね。

佐藤:如何に人やお金を平常時の適正な規模に落ち着かせるかが重要です。市役所の業務を抜本的に効率化する必要があり、そのためには公共施設の指定管理など、NPO等への業務委託や民営化導入を徹底して進めていく・・そのような業務改革を行う事で、市職員の力を創造的復興や地方創生、また、先日の連絡会議のテーマである「行政とNPOの協働の推進」のためにシフトさせたいですね。

協働のパートナーとしてのNPOの魅力は何でしょう?

佐藤:一つは、特定の分野について専門性があり、自らの責任でスピーディーに課題解決に取り組める点です。行政は議会承認が必要であるとか、何かと意思決定に時間がかかる。NPOと行政が協働することにより、行政が単独で事業を行う以上の成果を得られると考えます。
もう一つは、NPOはボランティアの参加や寄付などを通じ、広く市民を巻き込んで活動しており、市民が力を合わせて課題を解決することが可能です。NPO活動に参加や支援をする市民にとっては、地域の課題がより身近なものとなり、当事者意識や共助の意識が高まる。それが地域力、市民力を底上げするものだと思います。

木村さん、NPO側の立場としては、今のお話をどのように感じましたか?

木村:NPO側もその期待に応えられるよう、各々の団体、スタッフが常にスキルアップを図り、法令遵守を徹底して、行政や市民から信頼を得る努力が必要ですよね。
行政との協働については、合併する前の石巻では割と出来ていたと思います。何より、職員の方との距離が近く、顔の見える関係づくりが出来ていたし、協働を推進するための中長期計画も作られました。その後、広域合併と震災が起きて・・審議監のおっしゃる通り、今は職員の皆さんがすごく忙しそうで、近寄り難い雰囲気ですよね。

6月1日に開催された「第5回石巻市NPO連絡会議」では、佐藤審議監がNPO団体と市職員に向けて基調講演を行いました

佐藤:持論として、市職員の皆さんにはもっと外に出てもらって、地域のコンサルティング機能を果たしてほしいと思っています。住民自治を実現するため、当事者となる住民の相談役となりバックアップしてほしい。また、市職員自らがNPOを立ち上げたり、ソーシャルビジネスを興すのもいい。これからは中長期的な観点で市役所を運営していく経営感覚が必要なので、NPO等民間から学ぶことは多いと思います。

木村:若手職員の研修の一環として、NPO団体のスタッフをやってみるのもいいと思いますよ。何より、地域課題がはっきり見えてくるし、民間と交流することで、新しいアイディアが出てくるかもしれない。今は忙しそうなので難しいとは思いますが、ぜひ実現してほしい。

また、町内会や自治会の会長職って、市役所OBの方が担っているケースが多いですよね。事務処理能力が高かったり、行政との関係性が担保できたりといった理由だと思いますが、このようなOBの方がNPOのスタッフとしても活躍してくれれば、すごくいいと考えています。「協働の推進」のためには、最も適した人材だと思いますよ。

木村さんは企業経営者でもあるので、復興事業終了後の雇用や人材確保については、危機感を持っているのでは?

木村:最近、特に気になるのが、各中学校の成績上位の生徒が仙台の高校に進学するケースが増えていることです。地元を愛する気持ちの醸成って、高校生くらいからでしょう? 中学卒業と同時に石巻を出て、仙台の高校や東京の大学に進んだら、「地元愛」無いまま大都市圏で就職しますよね。となると、石巻に戻る理由がない。優秀な人材の確保がまずます難しくなっていくような気がします。

佐藤:でも、最近の若い世代は、大企業で仕事に追われ時間に余裕のない生活をするより、多少収入が低くても、地方で楽しく自分の時間を大切に暮らしたいという人も多いのでは? そのような価値観を持つ方を、石巻に引き付けたいですよね。そういう意味で、今回の連絡会議での市とNPOが協働し実施している移住・定住促進の事業の報告は、興味を持って聞かせていただきました。

木村:石巻って被災して様々な問題が顕在化した分、ソーシャルビジネスを興すには適した場所なのかもしれませんね。

佐藤:そこをもっと若い世代にPRすべきですよね。「石巻と言えば、チャレンジしやすいまち」とか。市の政策も「あれもこれも」では人とお金に限界がありますし、PR効果も薄れていくので、例えば、若者の起業支援や子育て支援に絞るなどの「あれかこれか」の選択と集中が必要ですね。

木村:それにしても、今のうちに、若い世代が活躍できる場や仕事を作る必要があるますよね。そのためにも官民が連携することが必要ですね。行政側とNPOや地元企業など民間側が非公式に集まって、このような問題を気軽に話しあえる場があるといいですよね。飲み会なら、なお良しです(笑)

佐藤:同感です(笑)顔の見える関係性づくりが大切ですからね。

2020年、石巻市では官民の協働が進んだことで、素晴らしい復興が成し遂げられました・・・と、この新聞に大きく書きたいですね!

お二方とも大変お忙しい中、ご出席ありがとうございました!

 

※1 特定非営利活動促進法(NPO法)

平成10年3月制定、同年12月施行。市民が行う社会貢献活動を推進するため、特定された17種の公益活動(まちづくりや環境保全など・現在は20種)を行う非営利団体が法人格を取得できるようにした。法人になることにより、団体は契約行為(団体名義での賃貸契約や口座の開設)が可能になった。

※2 改正特定非営利活動推進法(改正NPO法)
東日本大震災直後の2011年6月に、NPO法が大幅に改正、翌年4月に施行された。認証・認定期間が各都道府県・政令市の所轄庁に移管され、仮認定(認定NPO法人への移行期間)も制度化された。

行政・市民・NPOが「協働」するまちづくり

1990年代以降、新しいかたちの市民活動としてNPOが社会に認知され始めた頃から、行政と市民の関係に「市民参加」や「協働」という言葉が使われ始めました。市民側、NPO側、行政側ともに、まだまだ協働を理解していないケースも多く、お互いのコミュニケーション不足や、適切な情報が不足している状況は現在でも続いています。今回は、「協働」をテーマに考えてみました。 

【行政とNPOの協働】
  「協働」を簡単に定義すると、共通課題の解決や目的の実現のために、お互いの持っている力と資源を活かして相乗効果を得るためのプロセスと言えるでしょう。

ではなぜ、協働が求められるようになったのでしょうか、よく言われるのは「ニーズの多様化」と「自治体の財政難」ですが、もう少し掘り下げてみます。

市民側から見ると、市民と行政の関係が変わり、市民が公共政策に関与することができるようになったこと、社会がより複雑化、高度化することにより、人々の求めているものが変化してきたこと、市民の力が増し、NPOが社会の中で一定の影響力を持つようなってきたことなどが挙げられます。また行政側から見ると、自治体の財政難による組織の行革が迫られたこと、地方分権の流れが、権限の移譲へと繋がったこと、そのことが行政とNPOの協働へと繋がったと言えます。

【市民参加・協働の多様性】
協働をNPOと行政の関係だけで捉えるのではなく、市民を含めた三者の関わりから見ていくと、協働の多様性が理解できます。

まずは意思決定への市民参加が様々に制度化されて

きたことであり、事例として広聴やパブリックコメント、公募委員、ワークショップなどが挙げられます。次に行政主催の事業への市民やNPOの動員や協力依頼などがあります。そして、実行委員会方式による事業実施があり、この手法は市民参加の実践の場として官民双方にとって有意義であり、使いやすい手法と言えます。

新しい協働として注目したいのが、NPOとの協力・連携・協働事業です。実務的には指定管理制度・委託・補助金などが活用されていますが、行財政改革の波と共に、この領域は一気に広がりつつあります。また地縁組織(町内会、自治会など)も新しい地域課題に積極的に取り組む機運も生まれ、これまでの行政との協働関係も見直されつつあります。

【これからの協働のありかた】

これまでは、NPOと行政の協働と言うと1対1の業務・責任分担のことが多く語られましたが、これからの協働の関係は、多様な主体による協働へ移っていくと考えられます。市民側のNPOはもちろん地縁組織(町内会、自治会など)や関係機関も含め、行政側もすべての部署・業務が、よりよい成果を得るために協働に取り組むことが求められています。

特定非営利活動法人いしのまきNPOセンター
副代表理事  木村 正樹

地域に貢献するNPOをみんなで支える

昨年5月から毎月「いしのまきNPO日和」をお届けするようになり、今号で第12号となりました。発行のきっかけは、石巻圏域には地域課題の解決の為に多くのNPOが活動していますが、市民の方々にとっては、NPOが何処で、どのような活動をしているのかを知る機会も少なく、そもそもNPOとはどの様な団体なのか、知る機会を提供しようということで始まりました。

月に一度の発行とはいえ、石巻日日新聞にこれだけのスペースを提供して頂くので、発行するための費用もかかります。「いしのまきNPO 日和」の場合は、下記の欄にある地元企業の皆様にスポンサーとして広告を出して頂き、費用を賄っています。小さな試みですが、「地域に貢献するNPO を地元企業が支える」という理想に向けての一歩と言えます。

【NPO の活動資金について復習しましょう】
NPO(Non―ProfitOrganization )は「非営利の民間組織」と訳されるため、「非営利= 無償ボランティア」と捉える方も未だに多くいますが、決してそういうことではなく、普通の企業と同様に有給のスタッフを雇用し、活動拠点( 事務所)を構え、団体が掲げる目標を実現するための活動資金も調達しなければなりません。

従来からN P O の活動資金源として、以下の4つが挙げられています。

○ 会費: 会員( 構成員)から毎年( 毎月)継続的に支払われる収入。
○ 補助金・助成金: 自治体や民間助成財団などから事業に対し交付される収入。対象期間は単年度が多く使徒の制約もあります。
○ 事業収益: 物品販売、サービス提供、労務提供などにより得る収入( 行政などからの委託事業も含まれます。)
収益を目的とする事業を行うことは認められていますが、事業で得た収益を配当のように構成員に分配することはできず、得られた収益は公益事業等への再投資に充てる事となります。

○ 寄付金: 団体またはその事業の趣旨に賛同して寄せられる寄付金収入
「いしのまきNPO 日和」発行の為に、地元企業スポンサーから提供頂く資金は、企業側にとっては「広告宣伝費」ですが、間接的に地元NPOの活動を支えるための「寄付」になっています。

【「寄付金」について考える】

「大切なお金を提供し、この団体の活動を支えよう」と、賛同者から寄付を頂くことは、大変価値のあることです。NPOの平均的な収入構成を見ると、事業収入が8割近くを占め、会費や寄付金収入は1割程度というところが多いようです。

寄付金収入の割合が多い団体は、それだけ多くの賛同者がいるということになります。NPO 法人の中でも認可基準が厳しい「認定NPO 法人」として認可されるためには、収入構成の2割を寄付金にする、3 , 0 0 0 円以上の寄付者の人数が年平均1 0 0 名以上いる、などの要件をクリアする必要があります。多くの市民から支持される活動か否かを測る場合、寄付者の数が基準のひとつになっているのです。

日本は欧米と比較して「寄付文化」が根付いていないと言われています。左記のグラフをご覧ください。NPO 先進国であるアメリカは、寄付総額が日本の60倍以上になっています。

また、個人による寄付が多いことがわかります。理由として考えられることは、・キリスト教による文化的な背景。「富めるものが貧しいものに分け与える」といった教義に則り、歴史的に寄付行為への意識が高いと思われます。フェイスブック創設者のザッカーバーグ氏が5兆円を寄付するなど、桁ちがいの事例もありますが、ごく一般的な市民の方も、地域のNPO や教会、学校に寄付するこ12とでその活動を支えています。( 寄付先は宗教団体が全体の30%を占める)

・寄付行為に有利な税制。寄附をすると所得から一定金額が控除されるという仕組みは基本的に同じですが、控除できる寄附金の指定先はアメリカが圧倒的に多く、日本の40倍以上となっています。日本では控除対象の寄付先として認められているのは、国や地方自治体、学校、社会福祉法人など限られており、NPOへの寄付の場合は上記にある「認定NPO法人」が該当しますが、認可基準の厳しさなどで団体数がなかなか増えていないのが現状です。

アメリカでは寄付者が寄付先をある程度自由に決めることができ、その額に応じて税金が控除されます。日本は控除対象となる寄付先は少ないですが、代わりに税金を使った助成金といった形で様々な公益団体の活動を支えていることになります。日本のやり方だと、特定の団体に寄付が偏るということはないのですが、寄付者が直接、団体の活動を支えているという実感が持てないため、積極的な寄付に至らない場合が多いと思われます。

日本でも「ふるさと納税」でお金を集める際に、特定のNPO を指定できる制度を取り入れている自治体も出てきています。先進事例としては、佐賀県が納税したお金の使い道として県内のNPO を指定することができます。佐賀県ではこの仕組みを武器に、全国のNPO団体を県内に集積させる構想もあるそうです。

【眠っている預金を活用】

NPOの活動資金源についての話題を、もうひとつ。昨年12月、金融機関に預金として預け入れたまま10年以上出入金がなく、預金者への連絡も取れなくなっている「休眠口座」を、公益活動の財源にする法律「休眠預金活用法」が制定されました。毎年1千億円近く発生する休眠預金のうち、500億円あまりが配分先を決定する団体を通じた助成金や融資という形で、子どもの貧困対策や若者支援、地域活性化に対して活動するNPO や自治会などへ提供されます。実際の運用までは時間がかかりそうですが、NPOにとっては心強い資金源になりそうです。

「ふるさと納税」や「休眠預金」は、石巻圏域で活動するNPO や市民活動団体にとっても新しい資金調達の可能性を秘めています。大切なことは、NPO や市民活動団体が地域に貢献できる活動を継続して行い、透明性のある団体運営をすることで、市民の方々の信頼や共感を得る事ではないでしょうか。

市民の方々が寄付という資金提供や、ボランティアという労力提供というかたちで、地元NPO を支える機運が醸成されていくことに繋げていくことだと思います。微力ながら、この「いしのまきNPO 日和」や「石巻市NPO 連絡会議」の取り組みが、その一翼を担えるように頑張っていきます。

特定非営利活動法人 いしのまきNPOセンター
専務理事  四倉 禎一朗

【市とNPOと地域が一緒につくる「子育てしやすいまち」11】

今回の特集は、「子育てしやすいまち・石巻」をつくるための市とNPOの協働について考えてみます。震災により人口流出が加速化した石巻市の将来を考えたとき、子育て世代の定住や流入のため「子育てしやすいまち」としての魅力発信が不可欠になると思います。今日は子育て支援NPOから、お二人の代表の方に来ていただきました。

荒木:NPO法人ベビースマイル石巻の荒木です。マタニティから未就園児の母子に対し、切れ目のない支援を行っています。
柴田:NPO法人にじいろクレヨンの柴田です。震災直後の仮設住宅での子どもの居場所づくりから始まり、民間の児童館運営や復興住宅での子ども子育て支援を行っています。 

石巻市役所福祉部から、道家課長にお越しいただきました。今年度から子育ての担当課は「子ども保育課」と「子育て支援課」に分かれましたね。

道家:「子ども保育課」は、主に保育所や放課後児童クラブ等に関する業務を担い、私が担当する「子育て支援課」は子育て支援策や子育てしやすい環境づくりのための業務を担っています。 

国の施策として「子ども・子育て支援新制度 ※1」が施行され、もうすぐ2年になります。新制度では、自治体による地域の子育て支援拠点の設置が求められています。
道家:石巻市では現在、地域子育て支援拠点事業として、本庁管轄には委託業務を含め4か所と各総合支所6か所、合せて10か所の支援拠点を設置しています。
荒木:市から地域子育て支援拠点事業を受託し、拠点として蛇田の土和田にて「マタニティ・子育てひろば スマイル」を運営しています。
柴田:同じく市からの事業委託で、大街道にある「千の杜学びの」にて子育て拠点「にじいろひろば」を運営しています。
荒木:日々の活動から見えてきた問題として、子育てママが孤立して、子育てを負担に感じてしまう傾向があります。同じような仲間が集う居場所があり、話をすることができれば解決するようなケースが多いように感じます。
柴田:特に転勤族の方は周りに知り合いもいないし、一日中、赤ちゃんと二人きりで孤立したような状態になります。そういった方がうちの施設を調べて、わざわざ来てくれるケースもあります。何度かいらっしゃるうちに同じようなお母さん同士の繋がりが生まれ、初めて来た時より顔つきも穏やかになっていきます。

子育てに関しては、行政とNPOとの協働体制が既にできているように感じます。

道家:平成27年度に「子ども・子育て支援新制度」が施行され、地域子育て支援拠点事業の民間への業務委託が3か所になりましたが、この年の親子教室・遊びのひろばの利用実績は、前年度に比べ一万件ほど増えています。そこは、やはりNPO等民間団体の力によるものと感謝しています。
今年度は、初めて行政とNPO等子育て支援団体との懇談会を開催しました。民間団体が出来ること、行政が出来ることの役割を共有しながら、子育て支援について考えていく場となっています。

「地域で子育てを応援する」ということに関して、石巻市は未だ十分ではないような印象ですが・・

柴田:震災前は「子育てに対して閉鎖的」なイメージがあったかもしれません。しかし、日々の活動を通じて感じるのですが、最近は石巻に対し「子育てがしやすく、繋がる先がある」というイメージを持つお母さんが増えています。そのように地元にプラスのイメージを持った親たちが、将来、我々のような団体を支えるサポーターになってくれるのだと思います。
道家:少子化で子どもの数は減っていますが、児童扶養手当の給付状況から、ひとり親世帯数は横ばいであることがわかります。ひとり親で子育てするのは本当に大変だと思います。地域で子育てを応援する環境が整うと、より子育てしやすくなるだろうなあと思います。

市役所2階にある子育て支援課の窓口には、「子育て世代包括支援センター ※2」の看板が掲げられています。

道家:この事業は、昨年11月からスタートしました。妊娠・出産・子育てに対して切れ目のない支援を行うワンストップ窓口です。就学前を対象として行っている自治体が多いのですが、石巻市では18歳までの子どもとその保護者を対象にしています。
今回、より親しみやすく相談しやすい窓口にするため、「いっしょ・Issyo」という愛称をつけました。子育てに悩んでいる人、困っている人に「いっしょに考え、いっしょに歩んでいくよ」との思いを込めました。どこに相談してよいのか迷っているなら、先ずは「いっしょ・Issyo」に相談してみてください。

荒木:当団体も受託団体として、子育て相談窓口を担っています。親にとっては、幼児期だけでなく、継続して相談できる場があるということは、とても心強く感じると思います。いろいろな支援、サービスがあっても、知らなかったり、使い方が分からなかったりすることも多いので、「いっしょ」では必要な方に的確に繋げられるようにサポートしていきたいですね。

それでは、今後の活動についての抱負をお願いいたします。

荒木:「子育て世代包括支援センター・いっしょ」は、お母さんたちのニーズに対応した支援を紹介していきますが、繋ぎ先のない問題も出てくると思われます。その問題の背景について考え解決できるような、繋ぎ先を自ら作れるような活動にしていきたい。そのためには地域の方々の協力が不可欠です。それが住みやすいまちづくりにもつながると思います。子育てを通じてまちづくりをリードし、皆の力で石巻を元気にしていきたいです。
柴田:一昨年、子どもの権利条約フォーラム石巻の開催に携わりました。子どもにも、何かを創造したり歌ったりといった表現活動の自由が保障されているということを、実践を通じて社会にアピールしていきたい。避難所や仮設住宅で会った子どもたちは、その自由が制限されていた。子どもも一人の人間として尊重させるべき、ということを伝えていきたいですね。
道家:石巻の子育て支援団体の皆さんは、本当に心強いです。子育て支援の第一歩は、お母さん、お父さんをどう支えるかです。親を支えることで子どもに与える影響も変わってきます。NPO等子育て支援団体との協働で、より子育てしやすいまちを目指したいと思います。

年度末のお忙しい中、ご出席ありがとうございました!

 ※1 子ども子育て支援新制度
H24年8月施行の「子ども子育て支援法」では、子育てへの支援給付とともに自治体が主体となった支援事業の実施が定められています。それを基にH27年度から施行された「子ども子育て支援新制度」により、自治体は地域の子育ての実状や支援ニーズを把握し、5ヶ年の事業計画策定と実施が求められるようになりました。

※2 石巻市子育て世代包括支援センター
未来の石巻市を担う子どもたちを安心して産み・育てることができる環境にするため、市役所二階・福祉部子育て支援課内に総合窓口を設置するとともに、ベビースマイル石巻(石巻市蛇田土和田19-11)及び各総合支所においても窓口を設置しました。

石巻流おもてなしで、観光振興を!

いよいよ観光シーズン到来ですね!ゴールデンウィークには、石巻圏域にもたくさんの観光客が訪れました。決して有名な観光地ではありませんが、石巻圏域には地元で生活する私たちが気付かない観光資源がたくさんあり、隠れた魅力があるようです。今回はそんな魅力を発見し、外に発信している2つの団体からゲストをお招きしました。

先ずは、それぞれの団体の設立経緯を教えてください。

齋藤敏子さん:平成8年は宮城県慶長使節船ミュージアムがオープンし、宮城国体があった年でしたが、当時の石巻には町を案内する観光ボランティアがいませんでした。そこで市がボランティアガイドを募り、石巻の歴史文化などを学ぶ研修会を開催。その研修を受講したメンバー約30名で観光ボランティア協会を立ち上げました。
先ずは、石巻駅前にて駅頭案内を始めました。これは現在でもずっと続けている活動で、GW、川開き、お盆といった観光客が増える時期に、駅前にテントを張って案内所を設け、訪れた人たちに観光パンフレットを配ったり、石巻の見どころやおいしい食べ物などを紹介しています。

石巻観光ボランティア協会 会長・齋藤敏子さん

しだいに、川開きや大漁祭りのようなイベントにお手伝いとして関わるようにもなりました。その後は自分たちでツアーを企画し、石巻の魅力を知ってもらうため、おもてなしツアー、石巻の伝統文化を知るツアー、スイーツツアーなど、その都度参加された方々にアンケートを取りながら様々なツアーを開催してきました。
そうして活動を行っていたところ、平成23年に東日本大震災が発生。一時は休会も考えましたが、震災から約一か月後、会員で一度集まりました。その際に「日和山公園に他県から被災状況を見に来ている人たちが多い」という話を聞き、実際に足を運んでみると、献花や線香などで汚れており、まずは清掃ボランティアをすることとして日和山にテントを立てました。

掃除をしていると、訪れた方々に震災時の様子や、現在の石巻のことなどを聞かれるようになり、徐々に「一緒にバスに乗って、被災地を案内してもらえないか」という要望もでてくるようになりました。そこで、コースや内容などもみんなで話し合いながら「東日本大震災まなびの案内」をスタートしました。県外の方や修学旅行生などを対象に、ボランティアガイドがバスに同乗して石巻市内中心部~南浜・門脇地区~石巻魚市場周辺など、被害の大きかった地区を訪れ、震災当時の様子を説明したり復興の状況を現場で見てもらうことで、防災意識を高め「命の大切さ」を感じてしてもらうために語り伝えていくものです。

震災後休止していた「おもてなしツアー」も昨年の7月から再開しました。これからも石巻の魅力を全国の方にお伝えしていきたいと思っています。

斉藤雄一郎さん:石巻市、東松島市、女川町は震災の影響と少子高齢化により、人口減少が著しい。そこで、交流人口を増やすため二市一町が連携して観光客を呼び込み、圏域で楽しんでもらい、お金を使っていただく流れをつくるという目的で、去年の4月、石巻圏観光推進機構(石巻圏DMO)が設立しました。

一般社団法人 石巻圏観光推進機構  業務執行理事・斉藤雄一郎さん

先ずは、観光戦略を練るためのアンケート調査を実施しました。調査結果を精査し、「海に育まれた豊かな文化と生業が織りなす変わらない懐かしさといつも新しい驚き・発見がここにある。」というビジョンを掲げました。自然資源がこの土地の豊かさの本質ではなく、紡がれてきた歴史や産業、まちの景観などの生活文化こそが価値であり、震災を乗り越えた人々の力こそが、この地域の価値を次世代につないでいくことを可能にします。都市圏から訪れる人にとっては昔の風景のように懐かしく、しかし、いつでも新しいチャレンジを通じて季節ごと、場所ごとにその顔を変える驚きを提供できる土地であることで、何度でも訪れる価値のある観光地になることを目指し、このようなビジョンを策定しました。

また、キャッチコピーは「こころに刺さる旅をしよう」としました。「なにかがある土地です」という訴求ではなく、「旅」の本質にこの土地で触れませんか、というメッセージです。「刺さる」という、ポジティブにもネガティブにもいずれにも使えるワードを使うことで見る人にインパクトを与えるとともに、ありきたりの予定調和の観光や感動だけではなく、世代や興味関心の方向性が異なる人それぞれに対して、予想外の衝撃を与える、という意図を伝えたいと思います。

昨年度末に旅行業の認可も取得したので、独自の旅行商品の開発、販売もできます。石巻圏域各地で様々なプログラムを行っているプレイヤーの方を繋ぎ、一つのパッケージとしてPRしていきたいと思います。

DMOが最近始めた「海街ライド」や、Webサイト「海街さんぽ」について教えてください。

斉藤雄一郎さん:「ツール・ド・東北」では、全国から約4,000人の方が石巻圏域を訪れます。それを地域住民の方が民泊を含め、様々なおもてなしをしながら受け入れていることで、サイクルツーリズムの環境が少しずつ整ってきています。そこで、イベント時だけでなく通年での自転車観光を推進するため、4月より「海街ライド」と称したレンタサイクル事業をスタートしました。石巻で借りて女川まで乗っていっても、最寄りの「レンタサイクル・ターミナル」で返却できるようになっています。また、圏域の商店や宿泊施設などにご協力いただき、「サイクルステーション」としてサイクリストの方々が気軽に立ち寄り、休憩できるスペースも提供しています。
「海街さんぽ」へのアクセス数は順調に増えています。ホームページだけではなくFacebookとTwitterを使って、どんどん地域の情報を発信するようにしています。

観光ボランティア協会は、観光客の方と直接お話する機会が多いですよね。

齋藤敏子さん:私たちもお客さんからの質問にしっかり答えられるよう、情報を把握するように心がけています。連休中は田代島に多くの観光客が訪れました。「ネコの島」としての知名度は地元の私たちが考えている以上に高く、ネコ好きの方が大勢訪れたようです。
観光客の方々に正確な情報をお伝えできるよう、私たちも日々、石巻の情報把握や歴史の研修会など行っております。

石巻は松島のような有名な観光地ではないので、人を呼び込む難しさがあると思うのですが・・・

齋藤敏子さん: 大事なのは、遊び心だと思います。楽しいもの・面白いものを作らないとメディアにも取り上げてもらえません。また、石巻にはいろいろな歴史もあります。「飯田口説(はんだくどき)」という北上方面に代々受け継がれている悲恋の物語や、今年戊辰戦争150周年にあたり、石巻との歴史の関わりなど、それぞれの場所に物語があり、それが観光資源になりうるのです。

斉藤雄一郎さん:特に海外の方が顕著なのですが、賑やかな観光名所に行くより、地域の方との交流や文化、生活の体験ができる旅のニーズが高まっています。石巻圏域にはそのようなニーズに対応できる魅力が十分にありますので、そこをうまく伝えていけたら…と思っています。また、仙台市が国際的な会議、学会の誘致を積極的に行っていますので、そこを訪れた方が石巻圏域へエクスカーション(小旅行)として来てもらえるよう工夫していきたいですね。

観光客の受入に関し、まだまだ課題も多いと思います。
斉藤雄一郎さん:石巻を訪れた方へのアンケートで、観光評価の「重要度が高いが満足度が低い」項目を見ると、「お土産になるような物産品の品ぞろえが少ない」「エリア内での楽しみ方、イベントなどの内容が弱い」という回答が少なくありませんでした。

齋藤敏子さん:石巻に来た方の多くは、お土産に鮮魚を買って帰りたいと思っていますが、売っているところは少ないですよね。「みなとまち」のイメージとのギャップが生まれるようです。また、駅から降りるとすぐ海だと思っている観光客も多く、電車で来た人たちにとっては海までの交通の便が良くありません。2次交通は大きな課題です。

最後に、石巻圏域の観光活性化のために、これからどんなことが必要かお聞かせください。

齋藤敏子さん:圏域には観光振興に携わる団体、組織が数多くあります。みんな「来てもらいたい」「見てもらいたい」という思いは同じだと思いますが、それぞれがバラバラに動いているように見えます。みんなでアイディアを出し合い、意見交換できる機会を設ければ、本当に魅力ある観光コースができるのではないでしょうか?一年に一回でいいから、そのような場があるといいですね。

そしてもう一つ。私たちの事務所があった石巻駅前の「ろまん海遊21」が解体されることでなり、未だ新しい活動拠点が定まっていない状態です。駅前に観光案内所がないのは、石巻を訪れる方に対する「おもてなし」の心が欠けていますよね。私たちの新しい拠点は駅前に!と強く思っています。

「移動」を支えることは、地域を支えること?!

東日本大震災の被災地では、津波により多くの方が「移動」手段である車を失いました。給水所から水を運ぶのに自転車しかなく、大変な思いをした方も多いのでは…。あらためて、車の有り難さを実感した時期だったと思います。

今回お話しを伺った二つの団体は、震災直後から車を失った被災者の移動の支援を行ってきましたが、今やその活動は高齢者、困窮者の見守りやコミュニティの形成まで支えるようになりました。
高齢者による交通事故や免許返納についての報道、車への依存度が高い生活を送る我々には「移動」が将来の大きな心配事になってきましたが、この二団体の活動から解決のヒントを頂けるかもしれません。

本日は、NPO法人 移動支援Reraの村島 弘子代表と、一般社団法人 日本カーシェアリング協会の吉澤 武彦代表にお越しいただきました。先ずは、それぞれの団体の活動を教えてください。

左・一般社団法人日本カーシェアリング協会 吉澤武彦代表理事 右・特定非営利活動法人移動支援Rera 村島弘子代表

村島:石巻地域で、移動の手段がない方々の送迎支援を行っている団体です。震災直後、北海道からのボランティアチームの一員として石巻に入り、津波により車を流され移動手段を失った人の送迎支援に関わるようになりました。現在は福祉車両と乗用車合わせて8台を使って、移動困難者の送迎を行っています。

吉澤:地域の人が運営するカーシェアリングや、生活困窮で車を持てない方に車を貸し出す活動を行っています。石巻では津波被害で約6万台の車が失われ、「移動」が深刻な問題になっていました。そこで、寄付で車を募り、共同で使ってもらうカーシェアをスタートさせました。カーシェアを通じて、地域の方やコミュニティに役立つことをいろいろ考えて実践しています。

お二人とも県外から支援者として石巻にいらっしゃったんですよね。活動のきっかけを教えてください。

吉澤:私は関西出身で、阪神淡路大震災の支援活動をされた山田バウさん(元 神戸元気村代表)から、2011年4月に「被災地でのカーシェアリングをやってみないか?」と声を掛けられたことがきっかけでした。
自分も現場に入っていて、多くの被災者の方が車を失って困っている状況が分かっていたので、仮設住宅で車をシェアするのはとてもいいアイディアだと思い、引き受けたところが始まりです。「日本カーシェアリング協会」という団体名ですが、東京や大阪に本部がある訳ではなく、私が一人で車集めから始めた草の根活動なんです。

石巻の団体なのに「日本」、お一人だけの団体なのに「協会」だったんですね!

吉澤:(笑)そうなんです。はじめは自転車で大阪の町を一人で回り、作成した企画書を持って「被災地支援として車を提供してください」と約50の企業を回りました。最初は断られ続けたのですが、やっと車を一台提供してくれる方に出会い、同年7月に初めて石巻に車を届けることができました。一台目を導入した時にテレビや新聞が取り上げてくれて、それを見た方が寄付してくれるようになり、少しずつ集まり始めました。現在は95台の車両があり、主に仮設住宅や災害公営住宅に置かれています。
最初は被災者を対象としたシェアリングだけだったのですが、現場で要望があれば出来るだけ柔軟にお手伝いできるよう、車を貸せるルールをその都度修正しながらやってきました。生活に困っている方、ボランティアで車を必要としているなど、現場の声を聞きながら一つ一つ変えてきました。

村島:私は札幌出身なので「札幌から被災地支援に行っているNPOがある」という情報を聞き、個人ボランティアとして手伝いをするために参加しました。札幌で障がい者支援を行っていたNPO法人だったので、福祉車輌を石巻に持込み「災害移動支援ボランティアRera」と名前を変え、津波により車を流され移動手段を失った人や、車いすや寝たきりの方の送迎支援を始めたんです。
震災直後はみんなが移動に困っていたので、若い方からお年寄りまで様々な年代の方の送迎を行っていたのですが、徐々に自力で車を買える人は支援を必要としなくなり、震災前からずっと移動に困っていたという方や、免許を返納した高齢の方、心身に障害のある方などが送迎を必要とするようになりました。震災前から石巻にあった問題が、被災をきっかけに表面化したんですね。
現在の主な利用者は80代以上が半数を占めており、利用される方のほとんどは障がいや病気をもたれている方や高齢者がほとんどで、震災前からの移動困難者の方々です。

移動困難者に対する送迎支援は、見守り活動に繋がる場合も多いと聞きました。

村島:そうですね。移動手段がない方は送迎してくれる家族がいない場合が多いので、送迎しながら「今日はいつもと様子が違った」「最近忘れっぽくなった」などの異変があるとスタッフで共有し、状況によっては福祉関係に繋いだりもするようになりました。
移動手段がなく困っている方が抱えている問題は複合的であり、生活の中にたくさんの困りごとが絡まっていて、移動手段だけあっても解決しない事が多いのです。
同居している家族に暴力を振るわれているという話を車の中で聞いたり、無年金などの制度上の隙間にいる方だったり、移動支援を通じて利用者の困りごとが次々に見えてくることがあります。

吉澤:カーシェアの活動も同じように、見守りの要素がありますね。私たちの場合は、地域の人がその地域の困難者の送り迎えを担う、いわば共助の形なので、近所の中で自然と見守っている形になっています。車の利用者と連絡がとれず、家に行ったらうずくまっていたという事もあり、救急車も今までに3回呼んだことがあります。車を通じた地域コミュニティによるネットワークができたことで、それが見守りに繋がっています。

村島:車は生活のとても大切な手段です。その人の生活の、本当に困っている部分に届くから、見守りや地域のことに繋げていけると思っています。

吉澤:「お茶っこしましょう」よりも「お出かけしましょう」の方が、みなさんのモチベーションが上がるんですよ。最近は特に困っているから使うというよりも、サークル活動として買い物やお出かけのために使っていることが多いです。最近も複数のサークルが、車でお花見に行っていました。何よりも「楽しい」と

思えることを大事にしています。そのほうがみんな出てきやすいのもありますし、毎週買い物に行く曜日や、お出かけする予定をみんなで決めてもらって、それを楽しみにして、たくさんの方が参加しています。マイカーを持っていて移動に困っていない人も、「みんなで行くと楽しいから」と参加することもあります。

楽しいいことをして、気が付いたら移動の問題も解決されている、というのを目指してやっています。

タイヤ交換など、車のメンテナンスって、お金かかりますよね?

吉澤:各メーカーさんから協賛を頂いています。タイヤ交換については、石巻専修大学の学生さんが授業の一環として、全部の車をやってくれます。このように、皆さんに支えて頂くことでコストを削減しているので、安く車を貸すことができるんです。本当にありがたいですね。

村島:私たちもカーシェアさんから紹介して頂き、専修大の学生さんたちにタイヤ交換をしてもらっていますよ。

利用されている方から声を聞く機会はありますか?

村島:利用者の方はもったいないくらい感謝してくれます。「神様だ」と手を合わせられることもあります(笑)。スタッフにとっても、「自分がこんなに人を喜ばせることができるんだ」と思えることは本当に力になりますよね。石巻の交通事業者さんも私たちの活動を理解してくれて、「あんたたちは地域の交通弱者への支援をしてくれている」と言って頂けたときは嬉しかったですね。

私たちの送迎先の9割は病院ですが、利用者の方にとっては外出する目的があることで生活の質が上がるし、自分には外出する手段があると思えるだけで前向きになれるんだ、と感じています。  

吉澤:最近、改めて利用されている方に聞いて回っているのですが、みなさん本当に喜んで満足頂いていています。引きこもっていた方も、カーシェアを利用することで友達に会いに行けたとか、生活の質が変わったとか、そういう姿を見るのが自分たちにとってのやりがいになり、元気をもらっています。

最後に、今後の活動について教えてください。

吉澤:これまでの活動は、仮設住宅や復興住宅の住民の方が対象だったのですが、高齢化に伴う孤立の問題、コミュニティの崩壊などは、被災地のみならず全国的な課題になっています。私達が被災者支援として始めたカーシェアリングの活動は、それらの課題を解決するための役割があると思っています。被災地・石巻で多くの支援を受けながら作ってきた仕組みを、今度は他の地域に還元し役立たせていきたいと思っています。

村島:「ミニRera」のようなものが石巻に増えればいいなと思っています。移動で困っている方は私たちが受入れきれないくらい沢山いるので、Reraだけでは十分ではないんです。Reraの活動を参考にして、身近にいる移動困難者を支えようという人たちが増えていけばいいなと思います。そのために、送迎講習会を毎年開いたりもしていますよ。

石巻地域だけでなく、急激な人口減と高齢化に伴い「移動困難者」の課題を抱える地方の市町にとって、お二人が始めた「石巻発」の活動は、強力な解決策になるのではないでしょうか?今日はありがとうございました!

2月1日(木)石巻総合福祉会館みなと荘を会場として、第7回石巻市NPO連絡会議が開催されました。今回は29団体52名、オブザーバー4名、市役所からは14名の各担当課職員が参加しました。

初めに、佐藤茂宗石巻市副市長より「石巻市の課題と対応策」というテーマで基調講演。グループディスカッションでは「市とNPOとの協働~お互いの強みを活かす」をテーマに、まちづくり、福祉、子育て・教育、交流人口 の四つの分野ごとに6テーブルに分かれ、市各担当課職員も参加し、それぞれの組織・団体の「得意」「不得意」を挙げてもらい、それぞれ話し合いました。

NPO側からは得意面では「活動の幅を広げやすい」「子どもや地域の声を身近に聞くことができる」、不得意面では「資金・収入が安定しない」「情報発信・広報が苦手」などの意見が聞かれ、市職員からは得意面では「信頼性が高くなる」「市民全体に事業展開ができる」「公平・公正な市民サービスができる」、不得意面では「決済が下りるまで時間を要する」「異動が多い」などの意見が多く聞かれました。 

お互いの得意・不得意を共有することで、NPOと市役所の協働がより具体的となるきっかけとなりました。

当法人の前身である石巻仮設住宅自治連合推進会は、平成23年12月「孤独死を無くそう」を合言葉に、自治会の出来ていた5つの仮設団地の役員が結成した。
翌年2月には行政、社協、警察、消防等と協議体を作り、住民組織だけでは解決できなかった案件にも官民協働で対処し、仮設団地の安寧な生活環境の構築を図ってきた。
それぞれの仮設団地では外部のボランティア団体等の支援を貰いそれなりにコミュニティ作りが出来てきたが、団地間のコミュニティは皆無といっても過言ではなかった。
その為、当団体は市内の仮設団地に声がけし横断的な行事を開催した。

カラオケ大会や仮設対抗スポーツ大会がそれであり、各行事とも200~300名が参加し、大いに交流の成果を上げた。

一方、仮設から復興住宅に移り住むステージに入り、復興住宅の方が仮設よりもコミュニティ形成が困難である事がわかり、これら復興住宅と、集約が始まった仮設拠点団地のコミュニティの再構築の両面を視野に入れた活動に取り組んでゆく。

石巻復興きずな新聞は、2011年10月~2016年3月まで、ピースボート災害ボランティアセンターが石巻市内の仮設住宅向けに発行・配布してきた無料情報紙「仮設きずな新聞」の後継紙。「最後の一人が仮設住宅を出るまで」を目標に、2016年6月に創刊しました。毎月10日、約6000部発行し、市内の全仮設住宅と市街地の復興公営住宅に無料で配布しています。

紙面は、市内各地域で活動する地元団体や専門家と協働し、医療・健康、地域づくり・街づくり、イベント情報などの記事を掲載しています。住民さんの自立や社会参画を促す紙面づくりを行なっています。

また仮設住宅団地へは、スタッフやボランティアが直接訪問して新聞を配布します。手渡しで新聞を配布し、住民さんの声に耳を傾けることで、孤立を防ぐ見守り活動や心のケアを行なっています

石巻復興きずな新聞舎では、活動のお手伝いをしてくださる市民ボランティアを募集しています。仮設住宅に元気と笑顔を届ける活動に参加してみませんか?